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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)66号 判決 1960年11月08日

原告 株式会社ヤクルト本社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告代理人は、別紙一覧表記載の事件番号欄記載の各事件につき、それぞれ同抗告番号欄記載の抗告審判事件について、特許庁が同審決年月日欄記載の日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、被告代理人は請求棄却の判決を求めた。

第二、当事者の主張

原告代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

一、本件各商標の構成、その指定商品および登録出願から審決に至る経過事実

原告は、別紙一覧表中「商標の構成」欄記載の各商標につき、「出願時の指定商品」欄記載の商品を指定商品として、特許庁に商標登録の出願をしたが、特許庁審査官はいずれも拒絶査定をしたので、さらに抗告審判の請求をし、その間指定商品を変更した外、右出願(七二号事件を除く)を連合商標登録願に変更した。これに対し、特許庁は、いずれも本件抗告審判は成り立たない旨の審決をし、その審決書の謄本を原告に送達した。(各事件における登録出願の年月日、出願番号、拒絶査定の年月日、抗告審判請求の年月日、その事件番号、審決の年月日、審決書謄本送達の年月日、指定商品の変更、連合商標登録願への変更等は別紙一覧表記載のとおりである。)

二、前記各審決の理由の要旨

前記各審決は、

(一)  出願にかかる商標が、あるいは「ヤグルト」の文字で構成され(第六二号、第七〇号事件)、あるいは「ヤグルト」の文字に「ニユー」の文字を冠して構成され(第六四号、第六五号事件)、あるいは「ヤグルト」の文字に「ネオ」の文字を冠して構成され(第六〇号、第六七号、第七一号、第七二号事件)、あるいは「ネオヤグルト」の文字の上にさらに「酵素」の文字を冠して構成され(第八〇号、第八一号事件)あるいは「ヤグルト」と発音される「YAGULT」のローマ文字で構成され(第六一号、第六八号事件)あるいはこれに「NEO」のローマ文字を冠して構成され(第六六号、第六九号事件)ているとし、

(二)  原査定にいう商品「ヨーグルト」は、牛乳・羊乳・山羊乳等にある種の乳酸菌を作用させてその糖分を乳酸化させたいわゆる乳酸菌飲料の一種であるとし、

(三)  前記出願商標を構成しあるいはこれに含まれる「ヤグルト」の文字ないしはその発音と右「ヨーグルト」につき、両者の発音を比較対照し、両者はともに四音より成り、第一音において「ヨー」と「ヤ」の差異があるだけで、他の三音は全く同じであり、第一音の「ヨー」も「ヤ」もともに五十音配列による「ヤ行」に属する近似音であるから、これを全体として発音するときは、その音声、語調において酷似し、きわめて相紛らわしいものであるばかりでなく、「ヨーグルト」に相当するロシヤ語の「ЯГУРТ」は「ヤグルト」と発音されるので、これと出願商標の「ヤグルト」の発音は全く同じものといわねばならないとし、〔第六二号事件の審決(昭和三十一年抗告審判第一、九七二号事件)は、さらに詳しく、「ヨーグルト」の原語は「yogurt」ままたは「yoghurt」でこれは「ヨーグルト」または「ヨグルト」と発音されるものであり、「ヨグルト」と「ヤグルト」は特に発音が酷似しているとし、英仏語等の外国語の普及した現状よりすれば「ヤグルト」の文字またはその音声から、「yogurt」または「yoghurt」を直感せられる場合がきわめて多いと説き、なおロシヤ語の「ЯГУРТ」については、いわゆる共産圏諸国との交易文化交流等の進展に伴つて、ロシヤ語を理解する者が急速に増加しつつあり、またロシヤ語が使用される機会が多くなりつつある現在の状況を勘案すれば、「ヤグルト」の文字は商品「ヨーグルト」そのものを表わすものと直感せられることが少なくないものと認められる旨布衍している。〕

(四)  そして、「ニユ」・「ネオ」および「NEO」等の文字は、新商品であることを表わすため商標・商品名等に冠して普通に使用されるものであり、また「酵素」は乳酸菌による乳酸醗酵の触媒作用を営むものであるとし、

(五)  それゆえ、第四〇類乳酸清凉飲料類を指定商品とする出願(第六一号、第六四号、第六六号、第六七号、第七〇号、第七二号、第八〇号事件)にあつては、出願の商標をその指定商品に使用するときは、あたかもその商品が「ヨーグルト」であるかの如く(「ヤグルト」または「YAGULT」の文字のみで構成される場合)あるいは新種の「ヨーグルト」であるかの如く(「ニユー」・「ネオ」または「NEO」の文字を冠して構成される場合)、あるいは一種の「ヨーグルト」であるかの如く(「酵素ネオ」の文字を冠して構成される場合)、世人をしてその商品の品質についての誤認を生ぜしめるおそれが充分にあるから、商標法(大正十年法律第九十九号、以下いずれも同じ。)第二条第一項第十一号所定の場合に該当するものとして、当該出願商標の登録を拒否すべきものとし、

(六)  また、第四六類乳酸菌飲料を指定商品とする出願(第六〇号、第六二号、第六五号、第六八号、第六九号、第七一号、第八一号事件)にあつては、出願にかかる商標は、

(1) これをその指定商品中「ヨーグルト」に使用するときは、前同様商標構成の差異に応じ、あるいは単に商品「ヨーグルト」そのものを示すにすぎず、あるいは新種の「ヨーグルト」ないしは一種の「ヨーグルト」を表示するのみであつて、他人の同種の商品とその出所を区別するに足る標識となり得ないものであるから、商標法第一条第二項所定の特別顕著性を具えないものというべく、

(2) また、「ヨーグルト」以外の商品について使用するときは、あたかもその商品が「ヨーグルト」であるかの如く、あるいは新種の「ヨーグルト」ないしは一種の「ヨーグルト」であるかの如く、世人をしてその商品の品質について誤認を生ぜしめるおそれが充分にあるから、同法第二条第一項第一一号所定の場合に該当し、

いずれにしても当該出願商標の登録を拒否すべきものと判断しているのである。

三、前記各審決の判断が違法であると主張する事由

(一)  本件各商標がそれぞれ「YAGULT」のローマ文字または「ヤグルト」の片仮名文字を含み、またはそれのみで構成され、その部分が「ヤグルト」の発音を生ずることは、本件各審決に述べているとおりであるが、これと「ヨーグルト」の発音とが酷似しきわめて紛らわしいとする点は不当な認定である。すなわち、「ヨーグルト」と「ヤグルト」は第一音に相違があり、一方は「ヨー」の長音である(むしろ二音とも考えられる)のに反し、他方は「ヤ」の短音であり、また前者は「ヨー」の長音にアクセントがあるのに反し、後者の「ヤ」にはアクセントがないので、たとえ「ヨー」と「ヤ」が五十音配列による同列の音であり、また他の三音を同じくするにしても、両者は全体として発音した場合、その音声、語調を異にし、発音上截然たる差異を有するものと認めるべきである。この差異を少差にすぎないという審決の認定は首肯できない。いわんや、「ヤグルト」「YAGULT」を除く他の各出願商標は、「ネオ」・「NEO」・「ニユー」ないしは「酵素ネオ」の文字を冒頭に付して一連に構成されたものであるから、取引の実際においては、「ネオヤグルト」・「ニユーヤグルト」あるいは「コーソネオヤグルト」と一連に称呼されるのが普通であり、したがつて、「ヨーグルト」と発音上混同されるおそれは全然なく、かえつて全体として発音した場合明確に識別し得るものといわねばならない。

(二)  ロシヤ語の「ЯГУРТ」が「ヨーグルト」を意味し「ヤグルト」と発音されるとの点は知らず、かりにそうだとしても、また終戦後共産圏諸国からの引揚者が相当あり、あるいは共産圏諸国との交易や文化交流が盛になりつつあるとしても、わが国における語学の普及程度から考えれば(英語はいざ知らず、ロシヤ語は外国語の中でも特にエキゾチツクな言葉とされている。)、本願各商標の指定商品の需要者および取引者の一般が前記ロシヤ語を知つて「ヤグルト」と発音しないしは「ヨーグルト」として理解し取り扱うものとはとうてい首肯できず、本願各商標における「ヤグルト」または「YAGULT」の文字が前記ロシヤ語と発音を同じくするから右の文字が「ヨーグルト」を直感せしめるというのは甚しく不当な見解であるといわねばならない。(なお、「ヨーグルト」の原語が「yogurt」または「yoghurt」であるとしても、本願各商標の指定商品の需要者および取引者の多くがそのようなことを理解しているとは考えられず、また商品「ヨーグルト」は取引上「ヨグルト」と称呼されていないのであつて、第六二号事件の審決が英仏語等の外国語が普及している故をもつて「ヤグルト」の文字が「yogurt」または「yoghurt」を直感せしめる場合が多いと説示しているのも不当である。)

(三)  原告は、昭和一〇年以来相承継して商品乳酸菌飲料について、本願各商標と類似の「ヤクルト」の文字から構成され、もしくはこれを要部として構成される商標によつて取引者および需要者に広く認識せられ、その商標については、昭和一三年四月二五日登録第三〇一、五一八号およびこれと連合する登録第三三七、三九六号をもつて、それぞれ第四六類獣乳・その製品およびその模造品を指定商品として登録を受け、前者の登録第三〇一、五一八号商標については、昭和三二年一一月八月その商標権存続期間の更新登録を経、現在原告は、製造工場を含めて、全国に一八の販売所・六支店および一出張所ならびに一、二〇〇の営業所を有しており、その商品は全国津々浦々に普及し、家庭配給によつて一日当たり約三〇七万本が販売されていて、「ヤクルト」といえば、取引者および需要者はただちに原告の商品と観念するのが実状である。監督官庁たる厚生省や新聞紙上においては、商品「ヤクルト」は「ヨーグルト」とは明確に区別して取り扱われている。

そして、前記「ヤクルト」の商標と本願各商標中の「ヤグルト」の文字および発音を対照するに、「ヤクルト」の第二音が「ク」の清音であるのに対し、「ヤグルト」の「グ」は濁音であるという差異があり、また本願各商標中には「ニユー」「ネオ」「NEO」「酵素ネオ」等の文字を冠して構成されているものがあるけれども、本願各商標と前記「ヤクルト」の商標はきわめてよく類似しておりむしろ商取引上は同一視するのを相当とすべく(従来「ヤクルト」を「ヤグルト」と称する者もあつた位である。)、このような関係にある「ヤクルト」の商標が前記のように原告の商品を示すものとして永年にわたり広く認識されてきた事実と相まつて、本願各商標をその指定商品に使用すれば、取引者および需要者の一般は、それをあたかも原告の新製品であるかのように観念することは明らかであり、本願各商標は前記「ヤクルト」の商標と同様に新造語であるといえる。(「ヤクルト」については、第四〇類および第四六類につき、昭和三三年より昭和三四年五、六月にわたり、抗告審の審決において新造語であるとされている。)「ヤグルト」または「YAGULT」の商標を付した商品を取引者および需要者が「ヨーグルト」と誤認するというようなことは考えられず、これに「ニユー」・「ネオ」または「NEO」の文字を冠したからといつて、新しい「ヨーグルト」と誤認することはない。「ネオ」または「NEO」の文字が新製品を表わすため商標または商品名に普通に使用されているという事実もない。なお、審決は、「酵素」は乳酸菌による乳酸醗酵の触媒作用を営むものであると述べているが、「ヨーグルト」は牛乳・羊乳・山羊乳等に乳酸菌を培養するもので、その乳酸中の酵素の触媒作用によつて乳糖を酸化するものとはいうべきでない。(かりに審決の認定のように乳酸菌の醗酵が酵素の触媒作用によるとすれば、「ヨーグルト」はその酵素を含有しないはずであるのに、第八〇号第八一号事件の審決が、本願商標は乳酸醗酵を営む酵素を含んだ一種の「ヨーグルト」であるかのように世人をして商品を誤認せしめるおそれがあるとの趣旨を述べているのは矛盾である。)いずれにしても、取引者および需要者は乳酸醗酵において触媒として作用する酵素があると理解してはいないし、「ネオヤグルト」の文字の上に「酵素」の文字を冠しても、これを一種の「ヨーグルト」と考えるようなことはない。

しかも、本願各商標は、そのほとんどがゴシツク体様または楔形文字様の書体で表わされているのであるから、それらは自他商品を区別する標識としての商標法第一条第二項所定の特別顕著性を具有するものというべく、また本願各商標の指定商品が前記のようなものである以上、商品の品質について誤認を生ぜしめるおそれは、商取引の実験則上あり得ないものと考えられるから、同法第二条第一項第十一号を適用すべき場合には該当しないのである。

(四)  原告は、前記のように本願各商標ときわめてよく類似している「ヤクルト」の商標を永年にわたつて使用し、著名のものとなつており、本願各商標の指定商品にもこれを使用してきたものであることおよび本件商標は「ヨーグルト」と商取引上区別されているものであることを立証するため、抗告審判の審理に際し、書証を提出しかつ証人の尋問を申請したにもかかわらず、特許庁抗告審判官は、右の証拠はいずれも「ヤクルト」の文字から成る商標に関するもので本件とは直接関係がないとしてこれを採用しなかつた。しかし、前記のように、本願各商標と「ヤクルト」の文字から成る商標とは商取引上同一視すべきであるから、これを本件に直接関係がないとしてその審理をなさず、本願各商標の登録を拒否すべきものとしたのは審理を尽さずして認定を誤つたものといわねばならない。

(五)  以上の次第で、本件各審決が、本願各商標は商標法第二条第一項第十一号所定の場合に該当するとし、また第六〇号・第六二号・第六五号・第六八号・第六九号・第七一号・第八一号の各審決が、第四六類乳酸菌飲料を指定商品とするものにつき同法第一条第二項所定の特別顕著性を具えないものと判断し、本願各商標の登録を拒否すべきものとしたのは違法であるから、これが取消を求める。

被告代理人は、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の一の事実および二の審決要旨は争わない。

二、本件各審決の判断が違法であるとする原告の見解はこれを争う。

(一)  本願各商標中の「ヤグルト」と「ヨーグルト」とが、これを全体として発音するときはその音声・語調が酷似し相紛らわしいことは本件各審決に述べているとおりで、この説示に対する原告の非難は当たらない。なお、審決は「ヤグルト」に「ニユー」「ネオ」等を冠したものを全体として発音した場合と「ヨーグルト」の発音とを比較して相紛らわしいとしているのではないから、原告の三(一)の後段の反駁は審決の説示の趣旨に対応しないものである。

(二)  「ヨーグルト」に相当するロシヤ語の「ЯГУРТ」が「ヤグルト」と発音されることは露和辞典に就いて見れば明らかであるから、「ヤグルト」の文字はまさにロシヤ語における「ヨーグルト」の商品名称であるというべきである。なお、審決は「ヤグルト」「ヨーグルト」の発音が相紛らわしいこととあわせて「ヨーグルト」に相当するロシヤ語の発音の点を考察したもので、右ロシヤ語の発音の点のみより「ヤグルト」が「ヨーグルト」を直感せしめるとしているわけではない。そしてまた、前記のように、「ヤグルト」が外国語の商品名そのものである以上、これを一個人の商品標識として独占せしめることは、商標法の立法趣旨に照らしても認め得ないところである。(なお、「ヨーグルト」の原語である「yogurt」または「yoghurt」は、英語の場合はアクセントの関係で「ヨーグルト」と発音されるが、フランス語の場合は「ヨグルト」と発音されることは明らかであり、審決が「ヨグルト」と発音されると述べているのは右の原語自体の発音についてであるから、わが国において「ヨーグルト」が「ヨグルト」と発音されることがないという原告の主張は、これまた的はずれの非難というべきである。そして、前記「yogurt」または「yoghurt」における頭音は仮名文字では「ヨー」または「ヨ」で表わされるが、実際には「y」の発音が強く、「o」の発音はきわめて弱くあいまいに発音せられることは英仏語等の常識であるから、「ヤグルト」の文字または音声から「yogurt」または「yoghurt」を直感することは、英仏語等の知識を有する者にとつてはきわめて自然であるといわねばならない。)

(三)  原告は、「ヤクルト」の文字より成る商標が、原告において永年使用してきたもので周知著名であるこを強調し、それゆえこれと類似し取引上これと同一視すべき本願各商標も当然特別顕著性を具有し、また商品の誤認を生ぜしめるおそれがないものであると主張するが、両者はいうまでもなく同一の商標ではないのであつて、(さればこそ、原告は両者が連合すべき商標としての登録出願をしている。)かりに「ヤクルト」の商標が周知著名であるとしても、それはこれと類似の商標を他人のため登録することを妨げる理由にこそなれ、審決に示すとおりの拒絶理由が存する以上、原告が本願各商標の登録を受け得べき理由とはならないのである。

いわんや、本願各商標が外国語の商品名そのものによつて成り、あるいはこれに「ニユー」「ネオ」等いわゆる顕著性のない文字を冠して成るにすぎないものである以上、それは本質的に商品標識となり得ないものであるから、使用による顕著性を取得し得べきいわれはなく、第六〇号・第六二号・第六五号・第六八号・第六九号・第七一号・第八一号事件の各審決が登録拒否の理由として特別顕著性の欠缺をも挙げたのは少しも不当でない。

さらにまた、かりに「ヤクルト」の文字より成りもしくはこれを要部として成る原告の商標が第四六類に属する乳酸菌飲料について周知著名であるとしても、これをもつて第四〇類に属する清凉飲料を指定商品とする出願商標について、商標法第二条第一項第一一号の適用を免れる理由とはならないのである。

原告は、「ヤクルト」の商標が永年使用されて著名であり、本願各商標がこれと類似するから、本願各商標をその指定商品に使用すれば、取引者および需要者はそれを原告の新製品の如く観念すると主張しているが、本願各商標をその指定商品に使用した場合に、「ヤクルト」との関係から、それが原告の商品であると観念されるかどうかということは、審決の問うところではないのであつて、前記のように乳酸菌飲料たる「ヨーグルト」と相紛らわしいため商品の誤認を生ぜしめるおそれがある以上、商標法第二条第一項第十一号を適用すべきは当然であり、原告の右主張は審決を不当とする理由とはならないのである。

なお、原告は、「ネオ」「NEO」の文字が新製品を表わすため普通に使用されているようなことはないと争うけれども、右は現実を無視した主張と評するほかはない。

または原告は、審決が商品ヨーグルトを定義して、牛乳・羊乳・山羊乳等にある種の乳酸菌を作用させその乳糖分を乳酸化させたものとし、乳糖を酸化する作用は乳酸菌中の酵素の触媒作用によるとしたのを非難するけれども、審決の右の記載と原告の定義するところは、同一の事実を製造方法を中心として説明したものと、製造行程中の化学変化を中心として説明したものとの差異にすぎない。すなわち獣乳に乳酸菌を培養すれば、菌の醗酵作用によつて当然その乳糖分が乳酸化されるのであつて、この醗酵作用は乳酸菌中の酵素の触媒作用によるものであることは有機化学上の常識であり、このことはヨーグルト中に酵素を含有することとなんら矛盾するものではない。したがつて、本願商標中「酵素」の文字があつても、取引者および需要者が乳酸醗酵において触媒として作用する酵素を表示したものと観念することはないとの原告の主張は原告の独断と認めざるを得ない。

(四)  抗告審判の審理に際し、原告が提出した書証は、いずれも「ヤクルト」の文字より成る商標が周知著名であることを立証しようとするものであり、本願各商標についてはこれを使用している事実すら窺知するに足りないものであつたし、また人証についても、その尋問事項の記載によれば、これまた本願各商標に関するものでなかつたので、これを採用しなかつたのは当然である。「ヤクルト」の文字より成る商標について原告主張の事実が立証されても、これと別個の商標である本願各商標につき永年使用による特別顕著性を具有することの認定あるいは「ヨーグルト」との誤認のおそれなきことの認定を当然に導くものではないからである。それゆえ、原告の三の(四)の主張もまた失当というべきである。

(五)  要するに、本件各審決が原告主張の三の(二)のような理由により、本願各商標の登録を拒否すべきものとしたのは当然であり、これが取消を求める本訴請求は理由がない。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、本件各商標の登録出願より抗告審判の審決に至る経過事実が原告主張の一のとおりであり、本件各審決が右登録出願を拒否すべきものとした理由が原告主張の二のとおりであることは当事者間に争いがない。

二、そこで、本件各審決にこれを取り消すべき違法の点があるかどうかについて審究する。

(一) 本願各商標が、(1)「ヤグルト」の片仮名文字を楔形文字風の書体で縦書して成るもの(第七〇号、第六二号事件)、(2)「YAGULT」のローマ文字をゴシツク体風の書体で横書して成るもの(第六一号、第六八号号)、(3)「ニユーヤグルト」の片仮名文字をゴシツク体で横書して成るもの(第六四号、第六五号)、(4)「「ネオヤグルト」の片仮名文字をゴシツク体風の書体で縦書して成るもの(第七二号、第七一号事件)、(5)「ネオヤグルト」の片仮名文字を楔形文字風の書体で縦書して成るもの(第六七号、第六〇号事件)、(6)「NEO YAGULT」のローマ文字をゴシツク体風の書体で横書して成るもの(第六六号、第六九号事件)、(7)「酵素ネオヤグルト」の漢字および片仮名文字を一連に同一書体で縦書して成るもの(第八〇号、第八一号事件)の七種の構成態様のものであり、それぞれのうちの一が第四〇類乳酸清凉飲料類を指定商品とし(前記各括弧内の前者の分)、他が第四六類乳酸菌飲料を指定商品とするもの(前記各括弧内の後者の分)であることは当事者間に争いがない。

(二)  「ヨーグルト」なる商品が牛乳・羊乳・山羊乳等(わが国では普通牛乳)にある種の乳酸菌を作用させて醗酵凝固させた一種の醗酵乳(いわゆる乳酸菌飲料の一種)で、世上に広く普及販売されており、「ヨーグルト」はその商品の普通名称として一般に認識されていることは公知の事実である。

(三)  そこで、原告が本願各商標をその指定商品に使用した場合に、世人をして右「ヨーグルト」との間に商品の品質につき誤認を生ぜしめるおそれがあるかどうかについて考えてみるのに、本願各商標を構成しまたはこれに含まれる「ヤグルト」およびこれと同一の発音を生ずるものと認めるべき「YAGULT」と前記「ヨーグルト」の両者の発音を対照するときは、第一音において「ヤ」・「ヨー」の差異があるが、ともに四音より成るものと考えられ、他の三音は全く同じであり、第一音の「ヤ」も「ヨー」もヤ行に属する近似音であつて、前記両者を発音した場合に聴者に与える印象はかなりよく似ており相紛らわしいものであると認められる。原告は、「ヨー」が長音であるうえにその音にアクセントがあるのに反し、「ヤ」は短音であるうえアクセントがないから、全体としての音声・語調は截然たる差異があると主張するけれども、「ヨーグルト」の「ヨー」が一般的に特に強く発音されるということはなく、「ヤグルト」の発音にしても、「グ」が常に強く発音されるともかぎらないのであつて、(一般に、邦語の発音におけるアクセントは外国語に比し不明瞭で、また地方によつて全く逆の場合もあるので、一概に断定できぬ場合が多い。)原告の前記主張は首肯できないのである。

(四)  そして、本願各商標の指定商品が乳酸清凉飲料類および乳酸菌飲料であること、商品「ヨーグルト」が一種の乳酸菌飲料であることは前記のとおりであるから、これらはいずれも大体同様の目的で飲用に供されるものということができる。〔なお、その販売の態様も、商品「ヨーグルト」がびん詰めにしたうえ主として家庭配給によつて販売されていることは公知の事実であり、原告が「ヤクルト」と名づけて販売している―本願各商標の指定商品に該当する―商品(一種の乳酸菌飲料であるが、「ヨーグルト」とは全く別種のものであることは弁論の全趣旨により明らかである。)もまたびん詰めにして主として家庭配給によつて販売されていることは証人今井義晴同相馬皆治の各証言その他弁論の全趣旨によつて認められるのである。〕

(五)  以上の事実を総合して考察すると、原告が本願商標中「ヤグルト」または「YAGULT」の文字から成る商標をその指定商品である乳酸菌飲料(「ヨーグルト」を除く)または乳酸清凉飲料類に使用した場合にはは、世人をしてその商品の品質を「ヨーグルト」と誤認せしめるおそれが相当存するものと認められる。

(六)  次に、原告が本願商標中「ヤグルト」または「YAGULT」の文字に「ニユー」「ネオ」「NEO」の文字を冠した商標を前記指定商品に使用した場合について考えるに、「ニユー」という語は「新しい」という意味をもつ語として一般世人に広く理解されていて、もはや国語化した語ともいえるし、「ネオ」(「NEO」)という語は、右の「ニユー」のように広く理解されているとは認められないけれども、これと同様の意味をもつ語として薬品その他の商品の名称の冒頭に使われることも少なくないことは公知の事実であつて、右の意味をもつ語としてかなり知られているものと考えられる。そして「ニユー」「ネオ」「NEO」の文字を「ヤグルト」または「YAGULT」の文字に冠した場合でも、前者は意味のうえから接続語的な働きをもつにすぎず、商標としての要部も「ヤグルト」または「YAGULT」の文字にあると認められるからら、これらの「ニユー」「ネオ」「NEO」の文字を「ヤグルト」または「YAGULT」の文字に冠した商標をその指定商品に使用した場合、世人をしてその商品を新製品たる「ヨーグルト」であるかの如く、あるいは少なくとも一種の「ヨーグルト」であるかの如く誤認せしめるおそれがあるものということができる。

さらに「ヤグルト」の文字に「酵素ネオ」の文字を冠した商標についても、酵素が化学上いかなる物質でいかなる作用をするものであるかについての正確な知識がなくても、「ヤグルト」が右商標の要部である以上、新しい一種の「ヨーグルト」と誤認されやすいことは、前記の場合と異なるところはない。

(七)  原告は、古くから原告の商品に「ヤクルト」の文字から成りもしくはこれを要部として成る商標につき登録を受け、右商標のもとに原告の販売している商品は全国に普及しており、「ヤクルト」といえば、ただちに原告の商品と観念されるほどであつて、本願商標は右「ヤクルト」の商標と酷似しているから、これをその指定商品に使用すれば、需要者および取引者は一般に右「ヤクルト」の新種の製品と観念することは必定である旨、したがつて本願商標を付した商品を世人が「ヨーグルト」との誤認するおそれもない旨主張している。そして、前記各証人の証言、同証言によりその成立を認め得る甲第三、第九号証、成立に争いのない同第四号証の一、二、第五第六号証の各一、二、三、第七第八号証を総合すると、乳酸菌飲料としての「ヤクルト」の製造販売事業が大体において原告主張のとおりであり、原告がその主張の商標の登録を受けており、またその主張のように宣伝広告をしていることが認められる。けれども、前記のように、「ヨーグルト」が冒頭に述べた一種の乳酸菌飲料を表わす普通名称として世間に認識されており、その他前記(三)(四)で認定したような事情が存する以上、本願各商標をその指定商品(「ヨーグルト」を除く。)に使用した場合に、一般需要者がその商品を「ヨーグルト」と誤認するおそれの存することになんら変りはないのである。原告が「ヤクルト」の商標を使用している現在においても、一般世人の中には「ヤクルト」と「ヨーグルト」を同一物と考えている者があることは、前記証人今井義晴の証言からもうかがい得られるところである。もし、「ヤグルト」「YAGULT」の文字より成りもしくはこれらを要素として成る本願各商標を前記指定商品に使用するにおいては、ますます右のような誤認を生ずる可能性が増大することはみやすいところといわねばならない。また、証人今井義晴、同相馬皆治、同金井克己の証言によれば、「ヤクルト」の需要者中にはこれを「ヤグルト」と呼んでいる者も相当あることがうかがわれるけれども、これは「ヤクルト」よりも「ヤグルト」の方が発音上容易であることや、一般に「ク」のような清音を濁音で発音する地方もあることによるもので、少なくとも実際に右の商品を購入し飲用に供している者は、容器に付した商標により「ヤクルト」が正確な呼称であることを了解しているものと考えられるし、そしてまた前記各証言によつても大半の者が「ヤグルト」と呼んでいるわけでないことは明らかであつて、前記(三)(四)のような事情が存する以上右の事実は、これまた「ヨーグルト」と品質誤認のおそれのあることの認定になんらの消長をも及ぼすものではない。

なお、原告は本願各商標をその指定商品に使用した場合需要者および取引者は原告の商品であると観念するのは必定であると主張するけれども、誰が製造しあるいは販売するかという問題は商品の出所に関する問題で、商品の品質についての誤認とは別個の問題であつて、前記原告の主張はそれ自体理由のないものといわねばならない。本願各商標が原告のいう新造語を表わすものであるにしても、そのことは右の結論をなんら左右するものではない。

(八)  原告は、抗告審判の審理に際して原告の提出した書証および人証を採用しなかつたことを不当とし、これを審決自体が違法であるとする理由として主張しているけれども、抗告審判請求人が抗告審判の審理に際し提出しまたは申請した証拠は必ずしもすべてこれを取調べなくてはならないとする何らの根拠がないし、またその取調べがなされなかつたとしても、抗告訴訟の段階において改めて右証拠を提出し尋問を申請することはなんら妨げられないのであるから、原告の右主張はそれ自体失当といわねばならない。

三、以上説明のとおりであつて、本願各商標は、これをその指定商品たる乳酸清凉飲料類または乳酸菌飲料(「ヨーグルト」を除く。)に使用した場合、世人をしてそれが商品ヨーグルトであるかのように品質の誤認を生ぜしめるおそれがあり、いずれも商標法第二条第一項第一一号に該当するものといわねばならない。それゆえ、乳酸菌飲料を指定商品とする分について、かりにその商標が原告主張のように同法第一条第二項所定の特別顕著性を具有し、これを否定した審決がこの点において失当であるとしても、結局すべてその登録を拒否せらるべきものであるから、これと同趣旨の判断をした本件各審決にはこれを取り消すべき違法は存しないものというべきである。よつて、これが取消を求める原告の本訴請求は全部失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 多田貞治 入山実)

(別紙一覧表省略)

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